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近藤房之助

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近藤房之助さんが新譜を出しました。
タイトルは「1968」
これは房乃助さん自身の1968年のときの気持ちを思い起こして作られたこともあり、このタイトルになったらしい。

最近、お客様のとり雑炊さんから借りている村八分の山口富士夫氏の自伝を読みはじめましたが、
時代はまさに1968~

京都にヒッピーのコミューンがあって、ビートがあって、ブルースがファッションショーのBGMになっていたようなことも書いてある。


因みに僕が生まれたのが1970


初めてブルースを意識して聞いたのが15歳(1985)の時にドアーズの「バックドアマン」からウィリー・ディクスンに、そしてジョン・リー・フーカーへ、

ヒットチャートはもちろん聴いていたけど、音楽の楽しみ方っていうのはそれだけじゃないなぁって、早い時期に気付いていたので、たぶん高校生の時にはヒットチャート3割、古典7割くらいで音楽を聴いていた。
当時、年配の人たちと会話すると「珍しい若者」としてチヤホヤされたが、
今年40になるオッサンに対して、若者からはただの懐古主義にしか映っていないのだろう。
なかなか伝わらないものがあってもどかしいこともある。


20歳のころ「ちびまる子ちゃん」歌っている人は何かすげーなーって思って、調べたらブルースの人だった。
他にも、何かすげーなーって思う人はだいたいブルースを知っている。

その頃巷ではトランス、テクノ、ハウスが新しい音楽として取り上げられてきた。
ジュリアナやゴールドで扇子をパタパタやっていたのもそのころ。

女子高校生の肌の露出が増えて来たのもそのころ。

アメカジなどという言葉が使われていたが、どう見てもハリウッドの街角で客引きしている人達のように見えた。
その後に出てくる「援助交際」は新聞を読まない青二才の自分でも予想できた。

バブル経済の恩恵があり、平日でも夜の街はどこも人が溢れていて「イッキ」の掛け声で酒を流し込んでバカ騒ぎだった。

だから独りで部屋にいる時はブルースやカントリーやフォークなどのなるべくイナタイのを聴いていた。
他にはトムウェイツとか阿部薫とか、あとレディースミス・ブラック・マンバーゾも良く聴いていた。

外のバカ騒ぎと自分の暮らし(収入)にギャップがあったのです。


今回の房之助さんの「1968」はソロ活動20周年を記念するようなアルバムで、
全曲ブルースの有名な曲ばかり。
さかな君が持ってきてくれたルーフトップ(ロフトが出している冊子)には房之助さんのインタビューが載っていて「ちびまるこ以降の20年・・・」といったことが書いてあり、
いまだに自分の声に納得をしていない房乃助さん、向上心と継続の話、
やはりこういう人の話は本当に面白い。

ジョン・リー・フッカーが死ぬ直前に「やっと納得のいくレコーディングが出来た」といってたこと思いだす。
房之助さんが70歳、80歳、90歳になった時の声が聴きたい。


嬉しいことに、先日マネージャーさんから連絡があり、
8/27に房之助さんのライブをやることになりました。
詳細はもう少ししたら掲載するので、ちょっとだけ待ってください。
by mojo-m | 2010-07-07 18:45 | 過去のイベント | Trackback

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